暑いヤツラの暑い夏


 ピドナにも夏がやってきた。
暑い、夏がやってきた。太陽は肌を焦がすように真っ赤に燃え上がり、その熱気は街中を包み込む。人々は、暑さにうんざりとしながらも、いつもの日常を過ごしていく。それは、あの男達にとってもそうであった……

「あつい……」
 赤いハットをかぶった大男が1人、ほとんど裸に近い状態でその筋肉質の体をソファーに投げ出している。顔や体中から大量の汗をかいており、見ているだけでも暑苦しさが伝わってくる。
「ああ、暑いな」
 はぁはぁと、犬のように舌を出しながら、茶色の髪の青年が答えた。こうすれば、少しは涼しくなるのではないかと思っているのだ。青年も男も北国に生まれ育った。
だから、例年よりも厳しい暑さだという、このピドナの夏に耐えられないのだ。
「がああ!! 暑ぃぞ!クソッたれ!! どうにかなんないのか! この暑さはよ!!」
 バァンとけたたましくドアを蹴り開ける音とともに、黒髪の男が部屋に入ってきた。
「……うるせぇぞ、ブラック。 ただでさえ暑いんだ、これ以上部屋の温度を上げるんじゃねェよ」
 赤ハットの男が、ブラックと呼んだ男に目もくれずにボソリと呟いた。
「んだとコラ! テメェこそ、そんな暑苦しい帽子をかぶってんじゃねェぞ!!」
「なんだと!! この帽子にケチつけんのか!!  ぶっとばされてぇのか!!」
「おお!! いくらでもつけてやろうじゃねェか!」
 赤い帽子にケチをつけられた大男はソファーから立ち上がり、ブラックに掴みかからない勢いでまくしたて、ブラックはブラックで、臨戦態勢だといわんばかりに拳を固めている。
「おいおい、ウォードもブラックもやめてくれよ。 こっちまで気がめいるじゃんか……」
 舌を出していた青年は、舌を出したままで、赤ハットの男ウォードと黒髪の男ブラックをなだめた。
「黙ってろ! ポール! こいつは俺のポリシーの問題だ!!」
「はっ!! そんな帽子がテメェのポリシーだってのか? 安っぽいポリシーだな!!」
「んだとオラァ(巻き舌)! ぶっ殺されてぇのか!!」
 ポールは1つ大きく溜息をついて肩を落とした。もう何を言ってもムダだ……表情がそう語っていた。
「おおい! お前ら、いいニュースだぞ!」
 そのとき、大きく開いたドアから、長い黒髪を後ろで束ねた褐色の肌の男が入ってきた。
「俺達、グレートアーチへ行けるぞ!!」
 その言葉で、一触即発だった2人が一瞬にして目の色を変え、ほとんど同時にこう叫んだ。
「本当か!ハリード」
 ハリードと呼ばれた褐色の肌の男は得意げにそう答え、懐から6枚の紙を取り出した。
「ああ、もちろんだ。見てみろ、全員分の船のチケットだ」と、その時だった。
「待ってもらおう!!」
「待ってください!!」
 部屋にいた全員が歓声を上げようとしたとき、凛とした声が部屋中に響き渡った。1人は暑苦しい巨体を揺らし、黒いマントをなびかせて、窓の桟の所に立っていた。
 そしてもう1人は、これまた暑苦しい緑色のローブを着て、ポロロンと1度フィドルをかき鳴らし、もぞもぞとソファーの下から這い出してきた。
「おいおい、いったいコレどうしたんだよ! こんなもん、そうそう手に入るモンじゃねェだろう?」
「ああ、まぁな、だが……」
 いきなり登場した2人を完璧に無視して、話を進めていくハリードたち4人。だが、それを許すほど、その2人は甘くはなかった。
「人の登場をあっさりと流さないでもらいたい!!  トぅ――うべぇあ!!」
 窓の桟に立っていた巨体の男は、カッコよくジャンプをキメようとしたが、ジャンプをした途端、窓枠に頭をぶつけて無様な醜態をさらした。頭を抱えた巨体が床に転がる。
「………………………」

微妙な間が辺りを支配した。


 しかし、それもつかの間、緑色のローブを着た男が自慢のフィドルをかき鳴らし、わけのわからない歌を歌い始めた。
おお〜♪ デブロビン〜♪ カッコ悪さは人1倍〜♪ ルルるべばぁ!!!」
 詩読みの詩人に、赤ハットの男の怒りの『バカヤロウアッパー』がめり込まれ、詩人はソファーをなぎ倒して吹っ飛んでいった。バカヤロウアッパーとは、対詩人用にウォードが開発したすさまじい威力のアッパーである。常人の3倍もの威力はあろうかというアッパーに、ウォードの巻き舌気味の「バカヤロゥ!!」という燃えたぎる怒りがブレンドされ、詩人に対して絶大な威力を発揮するアッパーなのである。
「おう! それでそれで! いったいいつ行くんだ?」
 完璧に2人の存在を消し去った4人は、また、南国リゾートであるグレートアーチ談義に花を咲かせた。
「ああ、今日出発だ」
「ヒュー♪ そりゃいいね、そうと決まりゃ、すぐに支度しようぜ!」
「ま、待ってもらおう!」
「ま、待って下さい!」
 これまた同時にハモリながら、まるでゾンビのようにデブロビンと詩人が立ち上がってくる。
「そんなことをしたら、毎日の日課である、ミューズ嬢へ捧げるウインクができなくなるじゃ――がべはぁぁぁ!!!」
「そんなことよりも、最近覚えた『四魔貴族の詩、私アレンジバージョン』を聴いて――どほぁぁぁ!!!!!!」

死人に口無し。
まさにその言葉がピッタリと合うように、デブロビンと詩人は4人によってタコ殴りにされるのであった……


 一方その頃――
「影はいるか?」
 ピドナから海を隔てて東にあるロアーヌも、例年よりも厳しい夏の暑さに悩んでいた。そのロアーヌの領主であり、侯爵であるミカエルは、自室で自らの影武者である『影』を呼びつけていた。
「はっ! ――と、うわっ!?」
 影はミカエルの天井裏から降りてきたかと思うと、着地した瞬間、足をもつれさせて無様に尻餅をついてしまった。
「……何をしている?」
 眉間にしわを寄せて、金髪碧眼の美男子は不快感をあらわにした。
「いえ、申し訳ありません」
 影はそれ感じ取り、すぐさま立ち上がるとミカエルに謝罪の言葉を述べた。ミカエルは一瞬目を伏せ何かを言おうとしたようだが、1つ溜息を吐くと、また視線を戻して、いつも言っているセリフを影に告げた。
「少し出かけてくる。 いつものように後を頼むぞ」
 そうして、振り返ることなくミカエルは自室を後にし、その足で護衛もつけずに宮殿を抜け出すと、容赦なく照りつける日差しの中へと歩を進めていった。

「ふー……」
 影はミカエルの机に座ると、頭を抱えて大きな溜息を吐いた。
「……やってらんないよ」
 影はここ1週間近く、神王教団の動向を探るためにナジュの砂漠へと送り込まれていた。おかげで、かなり日焼けをしてしまい、まさしく『影』の名にふさわしい様相となってしまっていた。
「グレートアーチかぁ……いいなぁ、俺も休暇が欲しいなぁ〜……」
1人そうぼやくと、影は机の上に山積みとなっている書類にミカエルとサインをつけ始めた。

 その頃、あの暑苦しい6人組はというと……
「おい、くっつくんじゃねぇよ! 暑ぃだろうが!」
「仕方ないだろ、ただでさえ狭いんだ。 そっちこそ、もうちょっとつめてくれよ」
「痛て!? おい、ポール!! そのとげ帽子が俺の顔に刺さったぞ!!」
「そういうお前も俺の髪を踏んでるぞ、ブラック。髪が痛んだらどうするつもりだ?」
「ケンカはよしたまえ! そうでないとこの私が――ぶべぁ!?」
「テメェが1番場所とってるくせに、ふざけたことぬかすんじゃねェ!!」
ルルル〜♪ 船底陣取り大合戦〜♪ 勝つのは太った――おごぉぉぉ!!!」
「こんな状況で歌うんじゃねぇ! それと、さっきなんで俺の寝てたソファーの下にいたんだよ!! バカヤロゥ(巻き舌)!!!」

 ……グレートアーチ行きの船の船底にギュウギュウづめに押し込められていた。

どうしてこんなことになったのか?
それには、こんなわけがある。


 ピドナ、トーマス邸にて。
「もうヤツラは出発している頃かね? トーマス君」
 ピドナでも1・2を争う邸宅であるトーマスの家の客間に、このクソ暑い中、緑色のベレー帽をかぶり、夏のひまわりのようなどぎつい色をしたコートを羽織った青年が足を組んで座っていた。
「ええ、そのはずです。 ヤツラ、グレートアーチに行けると聞いていますから、どんな場所であろうと抜け出してくることはないでしょう」
 テーブルの反対側には、メガネをかけた青年がテーブルの上で手を結んでいる。
「だろうな。 ヤツラがいると、商談がうまく進められなくて困っていたんだ。 まったく、君の計画には頭が下がるよ」
「いえ、僕としてもあの人たちに居座られて困っていましたから…… それよりも、僕の計画を買ってくださったことに、僕は感謝したいくらいですよ、フルブライトさん」
 テーブルを挟んで、2人の話は進んでいく。窓の外は、陽炎が揺れるほどに日差しが照りつけている。
「……しかし、よろしかったんですか? 船まで提供してくださって」
「なに、構わないさ。 元は十分に取れている。 むしろ、アケの開発のための労働力を紹介してくれたんだ、こちらとしても多少の投資はいとわないつもりだ」
 フルブライトは不敵な笑顔を作ってそう言った。
「そういう君だって、ヤツラの宿泊代を取り返したんだろう? ヤツラを荷物とすることで、ヤツラの船の食費代と部屋代を懐に……ってね。ふふふ、君もなかなかのワルだね」
「気づいていましたか。 ふふ、でも、あなたには敵いませんよ。フルブライトさん」
「フフフフフ、ハッハッハッハッハ!!」
 暑く暑く燃え盛る太陽の下、2人の策士は声をそろえて笑いあった。
それは、まるでどこぞの悪代官であるかのように……
 労働力として、アケへと売られてしまったとは露知らず、暑いヤツラはいまだに、狭くてムサくて暑苦しい船倉内で『陣取り大合戦』を繰り広げていた。

 さて、一方、宮殿を抜け出したミカエル様はというと……
「気持ちのいい風だな……」
 太陽の光を反射しキラキラと輝く荘厳な金髪をなびかせ、赤ワインを片手に、自家用船『フェルディナンド』の甲板から、穏やかに波打つ海を眺めていた。ミカエル様、お忍びの旅行の真っ最中なのでありました。

「うえぇぇぇ……」
 陣取り大合戦もなんとか決着がつき、6人はそれぞれの場所でひたすら暇を持て余していた。ポールは先ほどから揺れが激しくなった船倉で、1人頭を抱えて船酔いと戦っている。
「それにしても揺れるなぁ……」ハリードも木箱を背に、心配そうに天井を見上げた。
「……こりゃぁ、嵐が来るな」
「嵐?」
 今までふさぎ込んでいたブラックが、そうポツリと呟いたため、詩人を歌わせまいと必死だったウォードも、歌おうと必死だった詩人も少しの間休戦をとることとなった。
「ああ、嵐だ。 長年海賊をしていた俺の勘がそう言ってる」ブラックは俯いたまま、呟くように言う。
「だがな……だが、何か変だ。 前にもこういうことがあったような……変な感じだ」
 泣く子も黙る海賊ブラックが、こんなに弱気になるところなど今まで見たことがなかったほかの5人は、心配そうにブラックを覗き込んだ。
「おい、大丈夫か、ブラッ――」
 ハリードがそう声を掛けようとしたとき、すさまじい轟音とともに大きな揺れが船を襲った。
「た、大変だーーー!! フォルネウスが襲ってきたぞーー!!」
「!!!???」
 彼らの上から響いてきたその言葉は、6人には――特にブラックにとっては――言葉を失うほどに衝撃的なものだった。

 一瞬、沈黙が流れた後、ヤツラのいる船倉は蜂の巣を突付いたような騒ぎとなった。
これからは、その状況を音声で紹介しよう。
ポール「ふぉ、ふぉ、フォルネウス!!??」
ハリード「なんだって、そんなヤツが!?」
ブラック「ヤロウ!! まだ、生きてやがッたか!! 今度こそケリをつけてやる!!!」
ウォード「だあぁぁぁ!! バカヤロゥ(巻き舌)!! こんなところで斧を振り回すんじゃねぇ!!」
デブロビン「こんなときこそ私の出番!! ブラックは私がなだめよう! それ、マタドー……るばあぁぁぁ!!!」
ポール「ぎゃあああ!! 船底に穴がぁぁぁ!!!」
ウォード「水が入ってきてるじゃねぇか!? おい!! 落ち着け、ブラック!!」
ブラック「うおおおおぉぉぉぉ!!! フォルネウゥゥス!!」
ハリード「おわ!? バカ、こっち来んな!!!」
詩人「泣く子も黙る海賊ブラ〜ック♪四魔貴族フォルネウスと最後の決戦へと向か――うぼあぁぁぁぁ!!??」
ウォード「この非常時にふざけた歌、歌ってんじゃねぇ!! バカヤロゥ(巻き舌)!!!」
ポール「水が〜!!! ブラックが〜!!! フォルネウスが〜!!! 沈む〜!!!」

……こうして、嵐の海の真ん中で暑苦しいヤツラの乗った船は海の藻屑と沈んでいった。
 この原因は、クジラが船に衝突したのをフォルネウスの襲撃だと勘違いした、マヌケな船員のせいだということは誰も知る由のないことであった……


 そんな騒動とは裏腹に、潮騒が静かに響き渡る南国のリゾートグレートアーチでは、お忍び旅行中のミカエル様が、ホテル・バランタインで超豪華料理に舌鼓を打っていた。
「ウェイター、この料理は何だ?」
「それは、バンガードから取り寄せた、ロブスターの海草和えでございます」
「では、これは?」
「ランス陸送隊より届いた雪で作ったアイスでございます」
「ふむ……そうか、なかなかの味だな」
「ありがとうございます、お客様」
 ウェイターはうやうやしくお辞儀をすると、調理場へと下がっていった。
こうして、ミカエル様はすばらしい休暇を過ごし、今までの疲れを癒していくのだった。


 ところで、あの暑苦しい6人は、本当に海の藻屑と消えてしまったのであろうか?
それは誰も知る由もない。
 そして、グレートアーチの砂浜から海賊ブラックの洞窟へと向かって、12個の足跡が伸びていることも、誰も知る由のないことであった……



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葵君より暑中お見舞いで頂きましたw 葵君による奴らは、過激で大好きです!!
ちなみに、「バカヤロゥ(巻き舌)アッパー」はチャット中に生まれた産物ですwその後の奴ら小説でウォードの対詩人用必殺技になっておりますv
 ミカエル様のバカンスも入れて頂いて嬉しすぎです!!(w そして、腹黒いトーマスは自分の所と実は同じで萌えです! 本当に、どうもありがとう御座いましたvv
ちなみに、コレに続く話も実は書いていたり、出来上がったら葵君へお返しする予定なので待っててねw


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