ヤーマス橋の上で 1


 もともと倉庫だったというその宿の便利なところと言えば、隣が評判のいいパブということくらいで、窓の外は別の家屋が迫っていて、せっかくの港町だというのに眺めがいいとは言えなかった。おまけに大の男5人連れを泊めるのに、この宿屋は商人であふれかえっているために一室しか提供できなかった。

 オーラムを管理するハリードは、一緒にいるやつらのエンゲル係数がとにかく高いため、今日も野宿をしようと言い張った。それが5オーラムも支払って宿に入ったのは、『商売の町で野宿をしていたら野盗と間違われるかもしれないっす』と、元野盗のポールのごもっともな発言があったからである。そのあと詩人が『わたしはともかく、アナタ方はいかにもいかがわしいですからね』と笑おうとしたのを、老海賊が後ろから羽交い締めにし、靴を脱がせて泣くまでくすぐったのは、この際、特に記すことでもない。

 港に降り立った彼らを人々はじろじろ見ていたが、宿の受けつけ嬢も見ていた。それは全員がちぐはぐでむさくるしいだけでなく、特に目を引くロブスターの甲羅をアーマーにした、大柄なサングラス男がのしのしと歩いているのに気づいたからである。
「先、入っとくぜ」
 彼はそう言い、宿の内装を眺めまわしているポールとともにドアの向こうへ消えた。ハリードは、受けつけ嬢を口説こうとニコニコする老海賊ハーマンを必要以上に壁際に押しやり、やはり受けつけ嬢に詩をうたってきかせましょうと余計なことを言う詩人をググイっと沈めてひじ置きにして、宿帳にサインをした。
「ごゆっくり」受けつけ嬢はにこりとして言った。
 さすが、悪徳商会の牛耳る町。これだけの胡散臭い客にこれだけの営業スマイルを向けられる受けつけ嬢も度胸が並ではない。

 ハリードが変な感心をしながら廊下を行くとロブスターのアーマーが一部見えた。暑いのでドアが開けっぱなしだ。
「ウォード、新聞なんか買ったのか、勿体無い」
 部屋に入ってくるなりハリードが文句を言った。だが言ってることとは裏腹に、自分も読みたそうにしている。新聞というものが存在する町は限られているのだから当然といえば当然だった。
「買ってない、カウンターの下に無料と書かれておいてあった」
 ウォードは飲みこみの悪い大型犬のように3テンポ遅れて応えた。ハリードは剣を左脇にぐいとまわし、新聞を覗きこんだ。
「そうか、大半がドフォーレの広告だからだな。だが見てみろ、ファッションのコーナーなんかがある。 『ウィルミントンのトップ企業若き当主に聞く:黄色と緑にこだわる理由・・』」
「ファッションかよ。 はーっはっはっは」
 ウォードがサングラスをはずしてまで大笑いをしたので、窓辺にいたポールが振りかえった。
「上機嫌っすね。 おいしくてヤヴァイ記事でもあるっすか?」
「すぐにヤヴァイものを見たがるのはおやめなさい、本当に詩心を萎えさせる発言をする人だ」
 詩人は今度こそ教養ある人の皮肉な笑いを浮かべようとして、元野盗の若者に足払いを食らった。ドテッ!
「詩心じゃなくて足腰が萎えてるんだろっ。 ヘッ!」
「少しは反省していい大人になろうとは思わないのですかね、全く!」
 そこで、ロッキングチェアで老人らしくしていたハーマンが怒鳴った。
「大人しくしろ! ただでさえ狭いんだ、うるさくすると屋根にでも寝かせるぞ!」
「屋根か」ウォードが顔を上げた。 「案外、気持ちいいかも知れないな」
「オレも屋根がいいっす。 この床は船虫が出そうで不気味っすから」
「そんな行儀の悪いことをするつもりですか、全く」
 詩人がまた言いかけたところでハーマンが杖で頭を小突いた。
「お前はどっか木箱にでも梱包しとくかな」
「それは駄目だ。 梱包材料は案外値が張るんだ」
 ハリードは真面目に否定した。材料さえ格安なら梱包されたかも知れない詩人は、今夜は無条件にイスに寝ることになりそうだった。

 ポールは部屋の中をごそごそ探るうちに、バスルームから隠し扉が外に通じていることを発見した。そうしてそこから外出することにした。誰にも断らずに、というのが彼のちょっとした悪い癖だ。ウォードはというと言葉通り屋根に登った。ヤーマスの町は港から山のほうへなだらかな丘陵になっている。
 高台にある店などはもう階段でしかあがる道がなく、本来は狭い山肌に無理に家を建てていることが見て取れた。ドフォーレ商会の息がかかった店はそれなりの看板が出ていて構えが大きく、どちらかというと高台のほうに集まっている。
 ふと、町に目を戻すとポールがひょこひょこ歩いているのが見えた。特に面白くもない。ウォードは新聞を取り出し、再び読み始めた。

 ポールが町を巡って橋の前にきたとき、突然、派手な衣装の女の子が寄ってきた。
「つかまえた!」
「な、なんだよ」びっくりしたポールを見て少女は首を傾げた。
「・・間違ったかな。 カッコイイ冒険者にしてはアレだよね」
「アレってなんだよ! オレはどこからどう見てもカッコイイ冒険者っすよ」少女はそこで遠慮なく彼を見まわした。
「ふーーん。 でもあんまり強そうじゃないしぃ」
「あのな、そんなことは試してみないと・・」そういいつつ、ポールは気配を感じた。二人が立ち話をしているところへ数人の男たちが囲むように近づいていたのである。
「ガキ、その娘をこっちへ寄越せ」
「行きたいか、お嬢ちゃん?」少女は首を振った。ポールは生意気そうにふんぞりかえって言う。
「いやだってさ」
「テメエ、痛い目に合いたいか」ナイフがきらめいた。これを見たばかりにポールの喧嘩魂に火がつく。
「ざけんな! オレはガキでもねえし、テメエ呼ばわりされる筋合いもねえや!」ポールは自分も愛用のナイフを構えた。男たちは6人。ポールはにやりと笑うと少女を後ろにかばい、喧嘩の構えをとった。

 そのときである。
「ハハハハハ 天知る 地知る ロビン知る! ドフォーレの手下め、弱いものいじめは許さん」
 声が涼やかな割に、屋根から飛び降りて現れたのは黒マスクのふとっちょだった。少女はこの正義の味方のあまりのみっともなさに愕然とし、ポールは喧嘩に対してやる気をそがれた。
「怪傑ロビンか、またしても邪魔を!」敵はなぜかこのデブの出現をいやがっている。
 ――こうなりゃついでだ。ポールは男たちにつっかかっていった。ロビンはその体型にも関わらず素早い小剣の達人だった。ポールは男たち2人を青あざだらけにしたが、ロビンは残る4人を縛り上げ、微妙に流行遅れなもろこしヘッドに仕立てた。

「ちくしょう、覚えてろ!」男たちがうさぎ跳び状態で逃げていったとき、ポールは正義の味方に一応声をかけた。
「よう・・」するとパッと振り向き、直立姿勢からよどみなくこんな言葉を放った。 
「君たちが幸福なら私は満足だ。 さらばっ」
 何度も練習したセリフのようだった。そしてどうするかと見ていると路地を走って逃げていく。まだ日没前。あれでは自宅に帰るところを目撃されてそうだ。しかしポールが気がつくと少女もいない。
「ま、いっか・・」ポールはポケットに小銭があることを確認し、それから町の北へ向かっていった。

 パブには客が2名だけいた。
ハーマンは若いつもりで強めの酒をあおったのだが、たった2杯でぐでんぐでんに酔っ払ってしまった。マスターの息子という若者は、内気なのか殆ど口をきかない。そこであとから静かに酒を愉しもうとパブに入ってきたハリードは、そのハーマンに見つかり早速捕まったのだった。

「・・そいつ、『ご老人、オリハルコンのイルカをご存知ないか』と、丁寧な口のききかただぜ。 顔の綺麗なヤツでよ、暑苦しい格好だったがあれは育ちがいい。 へへ、たかるには最高だと見た」
「だったら教えてやって、一緒に行けばよかったじゃないか」
「おうよ。 知っていたら教えてやったところだが、・・・忘れちまってな。 そこで、『わしも連れてけ』とそういってやった。 するとまた丁寧にさ、『止めておこう』だと。ちい!」そうしてまたグラスを干した。
「そんなに酔うと心筋梗塞を起こすぞ、じいさん。 こういう夏の暑い日は特に」ハリードは面倒くさそうに、だがそれでも薀蓄をたれようとした。
「やかましい〜。 どいつもこいつもわしをへたれ老人扱いしやがってえ」そうしてカウンターで突っ伏してしまった。し・・・ん。

「くたばったようだな、じいさん。 哀れなものだぜ」ハリードがぽつりと言ったときだった。ドアが開いてヒラヒラした服の少女が現れた。
「そこの、おじさんたち! これで用心棒に雇うわ、どう!?」少女は背負っていたクマ型リュックからなにかをわしづかみにすると、床にめがけて投げた。

チーン、じゃらじゃらじゃらーーー!!
くすんだパブの床にオーラム金貨が威勢のいい音を立てた。
そしてー 
「いただきだぜえ!!」
 死にそうに見えたとは信じがたい光速の動きでハーマンが飛びついた。だが同時に、パブの裏から入ってきた黒マスクの、あのロビンがカウンターをのりこえて飛びこんだ。
「その仕事、正義の味方が請け負った!」そしてなぜか詩人が床下から。
「おぉ、これは芸術神の思し召しです!」ハリードは椅子に座ったまま、次に来る盗賊を待った。果たして、ポールは町の中を見物しているはずだったが、天井を蹴破って金貨の真上から落ちてきた。
「まかせろ、オレが護衛してやるっ!」

 少女は一同のあまりのがめつさに驚いて固まっていたが、そこでハリードがゆっくりと近づいた。
「オレはこいつらのボスのハリードっていうモンだ。 用心棒を頼みたいのだな?」
「ええ、嫌な連中に追い回されているの」

 パブの一角では床のオーラムを奪い合って先の連中が喧嘩を始めていた。だがハリードは「ここはほこりっぽい」と、パブの奥へ少女を連れていき、すれ違いざまがめつい連中をすごい眼光で睨み付けた。
「これから仕事の話だ。オーラムを横取りしたヤツは、カムシーンの錆にしてくれるぞ」 

一同は喧嘩をストップして静まった。



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