明暗の炎、灯る時


 ―――600年以上の長い歴史を持った王国がある。
生まれてくる生命を死に至らしめる死食から生き永らえた宿命の子・魔王の誕生以前からトリオール海一帯を手中に収めてきたメッサーナ王国がある。20年程前、ヨルド海沿岸地域一帯を支配下に置いている東方の隣国、ロアーヌ候国からロアーヌ王国が建国されて20年過ぎた現在もかろうじて大国の地位と誇りを維持し続けていた。だがそんなある日、遥か南方にこれまでに見たことも無い広大な大陸が発見された。それ以来、未知の大陸への冒険者や入植者が大国メッサーナからでも後を絶たなかった。 

 世の流れが南方に存在していた未知の大陸へと注目が集まる現在。ニ十数年の間、空白の王位のまま支配者と共に国政を維持し続けてきたメッサーナ王国の議会でも最も権威のある議長は、体面を重んじ未だに王位に就く事もなく国の実権を掌握している支配者を執務室へ招いていた。

 そしてその執務室では、二人の男性の話し声が聞こえてくる。
「これはフランチェスコ議長殿、私に一体何用でしょう?」
 緩く波打つ金髪と青い瞳に鋭い眼光を持つ壮年期に差し掛かった男性が落ち着いた声音でこの部屋の主へ第一声を掛けた。
「おぉ・・これは良く着てくれたね、ルートヴィッヒ君」
 執務机に座る壮年期の男からは、議会の者が着用する法衣の上からも鍛え上げられた筋肉質な胸元を思わせる体躯。そしてグレイがかった髪に短剣色の鋭い眼光には、溢れ出てくる精気を押さえる事の無い覇気をこの部屋の主、メッサーナ王国議会長フランチェスコのバリトンの声音に乗せて応えたのだった。
「ええ・・・。 ファルス公爵であり、かつて自軍を前線で率いていたファルス軍団長の貴殿には常々敬意を払っておりますゆえ、招待をお受けしました」
 どこか慇懃無礼な挨拶をルートヴィッヒはファルス公である偉丈夫へ律儀に返答をした。
「そうか、では。 君は最近の事象には詳しいかね?」
 体面を重んじる支配者へ意味ありげな質問を唐突に浴びせた。
「・・・事象ですか。 東方へ領土拡大と同時に東方諸国との貿易の拠点を築き上げたロアーヌ王国への外交上対抗処置として。 南方へ移民斡旋政策から伴う領土拡大政策でしょうか?」
 落ち着いた声音でルートヴィッヒが国政の将来を握る政策を口にした。
「そうだ、我々大国メッサーナへ新たな脅威を与えたロアーヌに対抗するには、南方の大陸における領地取得と共に拡大させ世界に大国を知らしめる事だ!」
 言葉を発して行くうちにフランチェスコの語気が強く、荒くなっていき言い終わる頃、机を拳で叩いていたのだった。
「ええ・・貴殿の察しは私も懸念しています。 それで私を呼んだ理由は・・・もしや?」
 含みを見せる返答を返したルートヴィッヒは、無意識的に語尾を高いトーンで発していた。その彼の返答に顎を一つ静かに頷いたかつて猛将だった議長は、満足そうな笑みを浮かべて口を開いた。
「くくっ・・そう君は察しが良いようで話が早い」そう告げたところ。
「まるで私に『南へ行け!』と議長の揺るぎない目が全てを物語っていますね」
 どこか意地の悪い笑みを浮かべた金髪の支配者はやれやれと言わんばかりの冷めた皮肉を返した。
「ほう、そこまでお見通しとはさすがルートヴィッヒ殿だな。 王位を辞退し就かずとも長期国の実権を握っているだけのことはある、ならば話が早い」
 耳に残る深いバリトンで呟きながら口元を歪めたフランチェスコは言葉を続ける。
「そうだ、君のような優秀な人材はピドナより先日、我らの領地である『エオリア』から入った報告で完成したばかりの『ドゥカーラ宮殿』へ赴いて欲しいのだよ」
 言い方を変えれば『左遷』と捉えても良い事を、議長自らルートヴィッヒへ提示したのだった。
「フン、やはり・・・そう言うことでしたか」
 鋭い眼差しで左遷を言い渡された支配者は呟きながら睨み返した。
「おやおや、何も君を見下した訳ではない。 むしろ君を高く買ってのことだよ」
 表情には表れない怒りを顕わにしかけた支配者を諌めるのだが。
「では、何故っ!!」後にも先にもこの時ほど、ルートヴィッヒは激情を表情に現したことはなかった。
「冷静な野心家である君がここまで激しい感情を表すとは・・意外だな。 私は、君とある密約を交わしたいのだよ」意味ありげな口調で議長が本題へ話題を移した。
「密約・・・とは一体?」目を細めたルートヴィッヒは、声音を落として問い質した。
「ああ、そうだ。 常に戦場を欲する君は、この大国の頂点に立つ器ではない。 それ以上、未知の大陸を制する事ができる器だと思っている。 私は優秀な才能を埋もれさせたくはないのだよ。 むしろ大国メッサーナの将来を握るのは君だ。 ・・・この密約は優秀な人材である君にしか話せぬ、引き受けてくれるかね?」
 精気に満ちた声音で一通りを語り終えたフランチェスコは、名目上の左遷を言い渡そうとしている相手へ密約の内容こそ話さぬが、概要を語り終えて金髪の支配者の様子を伺った。
「・・・俺を買う気か、あんたは?」プライベート時に話すような口調で聞き返した。
「まぁ、そうだな。 君の返事次第で交わしたい契約内容を話そう」
 猛将だった議長は、苦笑を漏らしながら応じる。その様子を見て取ったルートビッヒは先を促すように言葉を続けた。
「・・・あぁ、この話は聞いてやる、受けるかどうかの返事はそれからだ」
 それを聞いた議長は、一つ頷いて語り始めた、そして・・・。
「この話は引き受けても良いが、大陸へ行くのは来月の緑天の月だ!」
 ルートヴィッヒが、退室前に睨みを利かすような視線でフランチェスコへ出立の日時を修正させた。
「?! 何故だ?」
 金髪の支配者に睨まれた事に臆することなく偉丈夫は居高げに問い質す。
「フンッ、酒飲み仲間との最後の別れを、ツヴァイクでやるのさ。 ・・・それだけだ」
 20年来、あるツヴァイクの夜だけ飲み交わしてきた仲間達の顔が走馬灯のように過ぎりながら、南方行きを決意した支配者は自嘲気味な笑みを浮かべて返事をしたのだった。
「・・・そうか、怖気づいたのかと思ったが、俺の見間違えだな」
 フランチェスコが挑発をするような笑みを浮かべてかつてのリブロフ軍団長の返答を聞いて満足そうに答えた。
「もう、用事は終わりか? それなら俺は執務に戻るから帰るぞ」
そう告げるなりルートヴィッヒは、議長の執務室を後にしたのだった。

 一人残ったフランチェスコは、笑みを浮かべて南方行きを引き受けた男が退室したドアを見守っていた。
「・・・お前がその暗き野心の炎を灯し続けている限り、私は君を手放す気はない、安心したまえ。 私からは、優秀な部下を君に同行させよう、ククク・・・」囁くように呟いた後、いつまでも一人で静かに笑っていた。

 それから数日後、王位に就く事もなく国の実権を握っていたルートヴィッヒが表向き南方の大陸への左遷命令が下された事が周辺諸国へ広まっていき。ある者は困惑をし、ある者は喜び様々な影響を与えたまま緑天の月に入った後、南方の太守としてメッサーナを後にした。それでも新たな時代が止まる事もなく動き続けていた。


 ―――そして数年後。
王国の議会からの使者が、ピドナ王宮すぐ近くに大きな敷地を構えたある貴族の屋敷の門前に止まった。30年程前、内乱時に王位をその手にする事が叶わなかったクレメンス=クラウディスの愛娘にて現当主であるミューズ=クラウディア=クラウディウスが家督を継いだ屋敷の門前だった。

 それから1年の歳月を経た時のこと。
二十数年以上空位のまま続いたメッサーナ国王の座に、稀な美貌と才気溢れた少女、名門クラウディス家の長女ガラドリエル=クラウディウスが女王の座に即位をした。メッサーナ王国史上初の女王が誕生した時だった。それから数年後、新たな物語が今始まろうとしていた。



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そんでもってまた後書きを書き残すなり。

 これは、ラストの下りが先にできていました。
当初はこれから書くものが次に来る予定でした。だけど、Lilac Gardenのりらさんが書かれた小説を読み込んだ上で閃きました!そもそも書くきっかけは、りらさんが書かれておりますガラドリエルとソロンギルの話がヒントでした。 後は、彼女がいかにして女王に即位した背景と失脚したルートヴィッヒ、うちならひと波乱でもふた波乱でも派手にやれるよなぁ〜と言うノリで書いちゃいましたw

 で、フランチェスコです。
我が家ではガラドリエルにとって最大にして最強(最兇とも言う ぉぃ)の政敵です。
元ネタは「トリニティ・ブラッド(トリブラ)」の教皇庁教理聖省長官(国家機関としては内閣総理のようなモン)フランチェスコ・ディ・メディチ枢機卿ですv
 メディチ枢機卿を題材にしているので、彼の覇気と底なしの野心家であるが生まれた時代を間違えたルートヴィッヒにとっては理解者であろうなとも、どっちにしろ強敵間違いなしです(殴) 救いのねー悪党も何だかんだ言って好きなのかも。
 あ、トリブラのメディチ枢機卿はもっとカッコ良いですよ、性格的にもあの方は。自分の中のガラドリエルのイメージがカテリーナさんだし。・・・そして、ラブリーな某局長のようなお方も出したいと今思いました。
考えよう、しかし・・・メッサーナがヴァチカンになってきている(滝汗)



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