愛はドーロドロと流れて往き 1


 アビスの脅威が去ったある日のこと。

 ヨルド海沿岸地域でも日増しに勢力を増している、ここロアーヌ侯国にて侯爵ミカエルの妹モニカ姫の婚約が決まり、挙式が行われようとしていた。モニカ姫の相手となる、シノンの開拓民出身で彼女の護衛部隊"プリンセスカード"に入隊後、数々の活躍を残して男爵位に就いたばかりのユリアンを快く思わない一派もいることは言うまでもなかった。
 だが、愛し合う二人の間に、邪魔できるような者はいるはずは無いと思っていたのだが・・・・・・。


 候国の首都ロアーヌの中心地にあるロアーヌ侯宮殿でも、侯家の者が代々挙式に利用している広間に来賓が増え始めていた。その来賓の中には、世界経済をほぼ掌握しているメッサーナ王国の首都ピドナに本社を構えているトーマスカンパニー社長、トーマス=ベント。彼は、ユリアンと同じ故郷の出で良き兄貴分の青年である。
 そして、靜海地方を拠点に置いて300年以上もの歴史あるフルブライト商会会長フルブライト二十三世に同伴している。ピドナの旧市街地の女神と言われていたクラウディス家の令嬢ミューズと彼女に付き従うシャールの姿もある。砂漠地帯に、信者が集まる神王教団の頂点に立った少年の姿も見掛けられた。来賓客同志も、知り合いの顔を見掛けるなり会釈をしていた。

「元気そうだね。 君も招待されたんだね」
 ニッコリと少年に声をかけて来たのは、トーマスである。
「あ、トーマスさん。 こんにちは。 はい! ユリアンさんが是非、来て欲しいと呼ばれて来ました!」
 少年もにこやかに、殊に元気良くトーマスに会釈をする。
「しかし、ユリアンの奴、とうとうモニカ様と御婚約されるほど出世したんだな」
 同じシノンの出身で、そして、幼馴染の兄貴分としてユリアンとの思い出に浸りながら感慨深く少年と話をしていた。トーマスと少年が会話を進めている時、少年の背後から目隠しをする者が現れた。
「だ〜れだ?」どうやら、聞き覚えある懐かしい少女の声である。
「え? サラ! サラなの!?」少年は驚いて振り返った。
「フフッ、元気そうね。随分と背が伸びたじゃない、最初見かけた時に判らなかったわ」
 サラは、少年との再会を喜んでいるようだ。
「え? そ、そう。 自分では、気が付かなかったけれど、そんなに伸びたのかな」
 少年は、思わぬ言葉を聞いて恥かしそうに答えた。
「ああ、以前よりずっと伸びて大人に近づいたな」トーマスも、少年の言葉を後押しした。
「あなたの名前をトムと一緒に考えていたのよ。 いつまでも、名前が無いなんて寂しいわ」
「う、うん。 でも、親父達がなんて言うかな・・・ハハ・・」少年は、照れ笑いをしながらそう答えた。
「もう、そうやってじれったいから、いつまで経っても決まらないのよ!」サラは、悪戯っぽくそう答えて。
「ねぇ、聞いて。 あなたの名前は'パスハ'って決めたのよ! ね、トム」
 サラは、トーマスにニッコリと微笑みながら同意を求めた。
「ああ、随分とサラに付き合わされたよ」
 トーマスは、サラの肩に手を乗せて苦笑を浮かべながら、ことさら明るく答え。
「どうするかは、君次第だよ」
 優しく、付け加えた。
「パスハか・・・」
「そう、パスハ」
 二人はしばし、じっと目を合わせて噴き出した。


 楽しく笑っている二人を他所に、少年の両親の顔がふとよぎり思い出したトーマスは・・・。
「君の親父さんは、今でも出稼ぎをしているのかい?」
 穏やかそうな口調だが、どこか警戒しているみたいだ。
「はい。 お仲間さんと一緒に、毎日大騒ぎをしているようです。 最近、顔を見せに来ました」
 それに答える少年も、恥かしそうな声で言うのだが、終いには暗く呟いたのだった。塔に送られてくる請求書の枚数が、日増しに増えていくのを思い出し賠償額が10億オーラムをすでに超えているのでげんなりする。




「そうか・・・奴らは未だに健在なんだな」
メガネを掛け直しながらトーマスは、暗く呟いた。


10ヶ月前

 ロアーヌ侯国海の玄関口の街であるミュルスにて。
トーマスは、300年以上前から静海地方の経済を束ねるフルブライト商会会長フルブライト23世と共に、ユリアンとモニカの駆け落ち先の情報を名ばかりに、ロアーヌ侯ミカエルに面会を求める為、ミュルス港に到着したばかりだった。港から街に出てきた頃、凶悪な賞金首が、民家に人質を取って立て篭もる事件が起きていた。
「ヤハハハハーッ! 人質の命が欲しければ、金を・・・100万オーラム持ってこい!!」
犯人、民家の2Fの窓から人質の頭に剣を向けながら身を乗り出して、要求を突きつけていた。

 そして、運が良いのか悪いのか、宮殿を抜け出してお忍びで外出中のロアーヌ侯ミカエルも事件に遭遇してしまっていた。
「・・・どうして私が外出をする度に、こうも事件ばかり起きるのだ」
 犯人が窓から乗り出して怒鳴っている間、ミカエルは額に指を押さえながら暗く呟くのだった。とそこへ、汗臭い匂いを撒き散らせ、その一帯だけ砂塵と靄を立ちこめさせる暑苦しい一行の姿が現れた。
「奴らか?! ・・・ただの事件が、大惨事へ繋がる前にどうにかせねば」
お互いの姿が見えない位置にいる、ミカエル、トーマス&フルブライトは揃って同じ事を口にしていた。


 一方、現場に到着した漢達は。
「なあ、ボス。 結構高い賞金首だよ。 勿論、捕まえるよね?」
 刺のあるヘルメットを被っている青年ポールが、ボスと呼んでいる長身の男に声を掛けた。
「ああ、アレは俺達の獲物だ! 手段を選ばず何があっても捕まえるぜ! 兄弟よ、野郎共よ、準備は良いか、賞金は俺達のものだ!」
 白い布で長い黒髪を束ねている褐色肌の戦士風の漢ハリードは、いつの間にか義兄弟の契りを交わしていたウォードとブラックに。そして、手下のポール、デブロビン、詩人に、百獣の王の風格を漂わせ肉食獣じみた笑みを浮かべながら気合いの号令を出した。
「アイサー!!」
歓喜の混じった凶暴な野太い声で応えた仲間達は早速、賞金首確保に乗り出した。



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