ジュリアス様の長〜い1日 2


 ・・・・・・ここは、いつの間にか件の注目の的になってしまった、光の守護聖ジュリアスの執務室である。
庭園で一件を聞いていたゼフェルは、オリヴィエ達が来る前に執務室の中を覗くのによさそうな木を選び登って一息ついたところで、オリヴィエ達もやってきた。
「・・・この茂み、痛いねえ。 何とかならないの?」
「すみません〜勘弁してください」
 チャーリーが答えていたのを横目に、エルンストはオペラグラスとメモ帳を取り出して二人のチェスの戦法を読み取る準備を始めていた。
「・・・あんた、ここでメモを取るって事はって、まさか、あのクラヴィスとチェスをやる気なの?」
 それを見ていたオリヴィエは、驚きながら聞いてみた。
「ジュリアス様とはよく手合わせをしますから、とても手強い方なのは判ります。 そのジュリアス様とクラヴィス様は手合わせをなさる事に驚きました。 クラヴィス様はどのような戦法で対局を進めていくのか興味があります。 無論、ジュリアス様が新しい戦法を使うかもしれませんので集めたデータの解析も楽しみです」
 律儀に答えた主は、研究者魂に燃えて目を輝かさせているエルンストである。
一方その頃、外が騒がしくなっているなっている事は全く知らないジュリアス本人は、執務に励んでいた。そこへノックの音が聞こえたので、ドア越しの人物を部屋に入れたのである。
「・・・クラヴィス、執務中だぞ。 用が無いのならば執務に戻るが良い」
 これが、ジュリアスの第一声だったのは言うまでもない。
「フッ、酷い言われ様だな」
 軽く受け流したクラヴィスであったが、ジュリアスはそうとは思わず。
「そなたは大体普段から職務を怠るから言われるのだ。そう言われたくないのならば職務に励むのだな」
 律儀に答えて説教の後、”用が無いのなら、さっさと執務に戻れ”とお約束を言われる前にクラヴィスが先手を取り用件(?)を言ったのだった。
「いや、別に。 おまえと久しぶりにチェスをしたいと思ったのでな、わざわざここまで足を運んできた」
 ”隣の執務室なのにお前は・・・わざわざと言うのかっ。 それともそこまで職務をやる気が無いのか”など、考えると怒りのHBが急激に上がっていき、怒鳴ってしまった。
「・・・そなた、私を愚弄しているのか!!」と。
「フ、お前は相変わらず短気だな。 それとも私に負けるのが嫌か?」
 こう言われてしまったら、彼のプライドが許すはずもなく。
「そこまでそなたが言うのならば仕方がない、このチェスの勝負に付き合おうではないか。 後悔するのだな」
クラヴィスの挑発に、簡単に乗ってしまったジュリアスである。

「どうやら始まったみたいですねー。 クラヴィスもチェスをやるんですねー」
 ドア越しの隙間から様子を見ているルヴァが、目を輝かせながらオスカー達ににっこりと声を掛けているのだ。
「・・・・・・」
 声を掛けられた二人は。ジュリアスとクラヴィスが、途中で取っ組み合いの大喧嘩に発展しないか気が気ではなく、ルヴァの返答に言葉を詰まらせていたのだが。
「今度は是非、私も手合わせをしたいですねー」
 二人の心配をよそにチェスを夢中になって覗いていた。

 色々な駒を戦法どおりスムーズに配置させているジュリアスだが。
彼の内心は、何故あの怠惰なクラヴィスに限って今日の執務中にチェスを誘いに来るのか困惑しているようだ。それでも、長い間、共に聖地にいるためかクラヴィスとのチェスも悪くないと思っているのも事実だ。
 そんなことを考えているジュリアスを気にも止めないクラヴィスは、余裕の笑みを浮かべながら、そんなジュリアス顔を眺めているのだった。

 ドアの隙間から、果てまた窓越しから中の様子を面白がって見ている視線に気が付いたクラヴィスは。
「フッ、お前らしいやり方だな。 これなら勝てるという顔をしているぞ」
「何を言いたいのだ、クラヴィス。 そなたの顔は何だ! まるで私に勝つと言っているようだな」
「フッ、見てのとおりだ」
 クラヴィスも冷めた口調で答えたのでジュリアスは、ムッと困惑と怒りを堪えていたものに限界が来たようだ。
「ほう、そんなに勝つ自信があるのか。 ならば良いだろう、この勝負に負けた者は勝った者の言うことを今日一日聞く、というのはどうだ?」と。
「フッ、それもいいだろう」これまたクラヴィスから冷めた返事が返ってきた。
 ドア越しからやり取りを聞いていたオスカーは、無意識にクラヴィスをまるで仇のように睨んでいるようだ。向かいのリュミエールは、何事も起きないよう一心にお祈りをしているように見えるのである。そんな会話がなされた後も勝負は長引いていたのだが。

「フッ、チェックメイト」の一言で決着が着いようだ。
 長い間ジュリアスと聖地にいたクラヴィスの方が、心理戦では勝っていたようで、その光景を見て最も愕然としていたのはジュリアスのようである。
「何と言うことだ・・・これはまたすごいものを見せて貰いましたわ」チャーリーは驚いていた。
「あーあー、私もジュリアスに勝ってメイクをしたいよ」
 チャーリーの隣で、よからぬ事を呟いていたオリヴィエである。エルンストは、ただ驚きながら必死にメモを書き取り、すぐに検証できるように新たなメモを書き込んでいた。

「あー、まったくよー。 声が小さいから聞こえねーじゃねーか。 これなら危険を冒してでもいいから、ジュリアスの部屋に盗聴器を取り付けて置けば良かったぜ」
 オスカーに見つかったら、危険な一言を呟いていたゼフェルだった。勝負の決着は着いたのだが、その後の二人が気になり様子を見ていた。勝ち誇った笑みでクラヴィスは、では、約束を果たしてもらおうかとジュリアスに近づいていた。
「・・・約束だからな、何をせよと言うのだ」
 悔しそうにジュリアスは睨みながら勝ったクラヴィスと向かいあっている。ルヴァ達はいつ出て行って止めるべきか、息を潜めて時期を見ているようだ。そんな事はお構いなくクラヴィスはそうだな・・・と考えながらこう言ったのである。
「そうだな・・・それでは、ジュリアス。 今日はもう執務を終わらせるのだ。 仕事中毒のお前の事だ、仕事を持ち帰らないようにお前の書類と執務室の鍵を預かろう、さあ渡すのだ」
 言いながらクラヴィスは手を差し出した。 これは、ジュリアスにとってはあまりにも酷い痛恨の一撃である、さすがに黙っていられずに。
「何だと?! 今、何と言ったのだ!!」
 無論のことだが、大激怒である。
「これは約束だぞ、首座の守護聖ましては光の守護聖のお前が、約束を違えるというのも一興だな。 他の者が知ったらどうなるのかも一興だぞ。 そんなに何かをしたいのならば、アンジェリークかレイチェルと何処かに散歩でもしていたらどうだ? 良い息抜きになるぞ」
 クラヴィスは、約束と誇りを盾に取った上での無責任な返事をしたのである。さすがにジュリアスもこれには観念したようではあるが、書類を渡そうとしなかった。
「フッ、そんな顔をするな。 今日は大した仕事もないのだから続きは明日にするか、オスカーに頼めばよいであろう」
クラヴィスは、そう言ううなりチラッとドア越しのオスカーに目線を送った。リュミエールはオスカーがクラヴィスの挑発に乗らないように必死になって宥めている様子で、当初の最悪な事態から、はずれていることに気が付いていないようだ。
「どうした、ジュリアス? 早く書類を渡せ」
 クラヴィスを睨みながらも、約束なので書類をまとめて渡したジュリアスである。
「この書類は、本当に返すのだな?!」
 青筋を立てながら恐ろしく冷たい声で言った。さすがにクラヴィスも、これ以上怒らせると面倒なのでそっと近づきジュリアスの耳元で囁いた。
「フッ、王立研究院に行くと仕事を見つけそうだな。 今日は行く事を許さぬ。 そうだな・・・代わり書類と鍵は返してやる今宵、私の館に取りに来るがよい。 待っているぞ、よいな」
 最後のくだりは甘く囁いたのでジュリアスはつい、薄紫色の瞳を見つめてしまい顔を赤らめてしまって何も言えなくなってしまった。

 取っ組み合いの大喧嘩を期待して窓から見ていた一行は、意外な展開に唖然としていた。
クラヴィスが何を囁いたのかとても気になっているのだが、さすがに本人者達に直接聞く勇気が無いので聖地の謎になりそうだ。
 もう一方のオスカー達も、自分達の心配事が起きなかったので、胸を撫で下ろしながらも自分達は何をしていたのだろう・・・と、疲れきった顔で目を合わせていた。だが、この一件を覗いていたのを知られたら、また深刻な揉め事になりかねないと判断して、ルヴァが労いと新たな発見に感謝を込めて二人にお茶を誘う形で速やかに執務室を後にした。


「どうやら、クラヴィスは上手くやったようですわね」
ジュリアスの執務室の隣にある、真っ暗な部屋の壁に耳を傾けながら事の成り行きをずっと見守っていた女性の声である。
「まったく陛下ときたら・・・ジュリアスに渡した書類を間違えたからって。 書類を間違えた事が見つかったらジュリアスに怒られるのが怖いからって・・・。 発見される前に書類の回収をクラヴィスに頼むなんて・・・ハァ〜」
 情けなさそうに呟いて溜息を吐いているのは、女王補佐官のロザリアである。そして、そうここはクラヴィスの執務室である。
「でも、クラヴィスは最後何て言ったのかしら?」
 途中から声が聞こえなくなったので興味津々であるが、それを問い質すとクラヴィスが書類を返してくれないだろう。彼がここに帰ってきても言及はしない事にしようと決めた所、調度、この部屋の主が帰ってきたようだ。
「お帰りなさいませ。 無事にジュリアスから書類を回収できたようですわね」
 ロザリアは、書類を取り返したクラヴィスに労いの言葉を掛けた。
「ああ、どうにかな。 フッ、面白いものを見ることが出来た、陛下には感謝しよう」
 これまたクラヴィスもククッ・・と笑いを堪えながら楽しげに呟いた。
「では、クラヴィス。 書類を持って行きますわね。 それにしても陛下ときたら・・・ビシッと叱っておきますわ。 後ほど、ジュリアスに渡さないといけない書類を持ってきますわね」
会釈後、ロザリアは執務室を後にした。

 一方、執務室を追い出されたジュリアスは、時間を持て余して庭園を散策しに来た。
今日も商人の出店は賑やかに繁盛しているようだ。だが、少し変だと思ってお店にやって来た。
「いらっしゃい! えっ? ジュリアス様!」驚いた声を上げたのはランディである。
「・・・そなた達、一体何をしているのだ。 ん? 商人はどうしたのだ?」ジュリアスは、不機嫌そうに尋ねた。
「あの、僕たち商人さんたちに頼まれてお留守番をしているんです」ティムカが丁寧に答えた。
「『たち』という事は、他にもいるのか?」
「はぁ、オリヴィエ様とエルンストさんです。 ジュリアス様」今度は、ヴィクトールが答えた後に・・・。
「とっても大きな茂みを持って行ったんだよ」メルが、止めの一撃を言ったのである。
「しげみ?」
 さすがにジュリアスも"まさか"と嫌な予感がよぎったのだが、こんな偶然はあるのだろうかと逆に考え込んでしまいそうになったのだが。
「では、商人達に会ったら、私から厳しく言っておこう。 そなた達は店番に励むが良い」
 言い残してジュリアスは、ランディ達を咎めることなくお店を後にした。ジュリアスが去った後、一同はホッとしたのは言うまでもないが・・・。しかし、留守番を押し付けた事が、バレたオリヴィエ達の運命は如何に?
ピンチなのは、間違いないだろう。

「おや? こんな時間にジュリアス様が庭園をお散歩とは奇遇ですね」
 感性の教官セイランが。皮肉かどうか判らない挨拶をした。
「セイランか。 そういうそなたこそ執務中だぞ」
 ジュリアスも負けじと言い返した。そんな不機嫌そうな表情で庭園を散歩している様子を見てセイランは、何かあったと思い可笑しそうに言ったのである。
「ジュリアス様の意外な一面を見ることが出来ました。 新しい詩が出来ましたらお聞かせしますね」
ジュリアスが、余計顔をしかめて怒る前にさっさと立ち去った。


「ごめんなさーい。 キャー、ロザリア許して〜」
 ここは、女王の執務室で女王はロザリアに謝っていた。
「まったく、陛下は・・・」最後は呆れるロザリアだった。
「ところで、クラヴィスは書類を回収してくれたのよね。 ジュリアスはその後どうしているのかしら?」
「それが、クラヴィスが執務室を追い出してしまったのよ。 今日、ジュリアスが執務をする事が出来ないのは他ならぬ陛下のせいですわよ。 次からは、気を付けて頂きますわよ」
最後の駄目押しを言って説教は終わったようだ。


 水晶球で庭園の一件を二ヤッと眺めていたクラヴィスは、たまにはよい休暇だと思えと無責任に呟きながら夜の来訪を楽しみにしているようだ。
 チェスに負けて、書類を奪われ更に、執務室を追い出されたジュリアスにとっては、とても長い一日がまだ始まったばかりである。



THE END







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