アウスバッハ家の謎 2



 だが、その競争もミカエルが若い分、犯人に徐々に追い着いてもう少しで襟首に触れるか触れないかという所まで追い着いてきた。待ち伏せしていたブラウンがあらかじめ仕掛けて置いた足者にあるロープを引っ張り犯人は見事ロープに躓いて前方に飛び転んでしまう。
ミカエル「なにーっ!?」
ブラウン「あ、しもた」
 二人の声が同時に重なるが時すでに遅かった。ミカエルはロープの巻添いを受けて哀れ全力疾走の勢いもあって前方に飛んでしまった。
ドカッ!! 「ぐぇ〜……」
 幸いミカエルは犯人の上に勢い良く転び、傷は無いようだが息が荒く声は出せない、情けない声は彼の下からした。どうやら、犯人はミカエルの下敷きになり気絶してしまった。ロアーヌの街の住民達に恐怖を与えていた連続殺人の犯人全員はミカエルに捕まる事によってようやく事件が解決した。

 夕方、宮殿の執務室にてフランツが側近から受取った城下町で起きた連続通り魔犯逮捕の報告書に目を通して読み終わる。ミカエルの外出時は大抵事件が解決しているから、今回も息子が絡んでいる事を察したのだった。役人や兵士にとっては良いカンフル剤になるとだろう結論を出して、今後も息子の外出は黙認する事にした。
 そして、フランツは長い間共に同じ時間を過ごしている影武者を呼び、外出中の留守を命じて執務室を後にした。程なくしてフランツは帰って来たようだ、影武者は彼の身なりと手にしている物を見て絶句した。そんな影武者を見るなりフランツはニッコリと満面の笑みを浮かべて笑いながらこう言った。
「はっはっはっ、そんなマヌケそうな顔をするな。 私はもっと男前だぞ、しゃきっとしたまえ。 ほら見ろ〜、住民達を悩ませていた殺人犯をミカエルが見事に捕まえた新聞の号外の数を! あの憎っくきゴドウィン男爵どもに傾倒する兵士や役人達を出し抜いてだ。 これも切り抜いてファイルに追加しておかないといけないな」
 フランツの影武者は『また親バカな話が始まったかい』と思いながらもフランツが人となり二人の子供が側室の生まれなだけで、反対勢力による暗殺者から命を狙われ続けて辛い思いをさせてしまっている分、深い愛情の現われなのだろうと思っているのだが・・・。
「あの、あの・・・殿下。その格好は?」
 やっとの思いで口にした。
「ああ、これか。 街では飲んだ暮れのブンさんと呼ばれていてな。 街の若い娘にも結構人気があるぞ。 さすがのミカエルも、この変装だけは見抜けないようだ」ロアーヌ侯フランツはお気楽に答えた。

 事件に関与していた飲んだ暮れのブラウンとは、現ロアーヌ侯爵フランツだったのだ。たまたまお忍びの外出中に、息子も外出している所を偶然発見して様子を見ていた所。連続通り魔事件の捜査を始めたので気が付かれないように尾行をしていたのだ。側近からの報告書に、息子が外出しているらしい時に限って難航していた事件が全て解決している書類が、増えていくのを読んで行くうちに、息子の探偵ぶりを直接見てみたかったようだ。
「殿下。その格好のまま・・・と言うことは?」
 影武者は判りきっている事をあえて聞いてみる。
「城下町のバーで息子のヒーローインタビューと祝賀会を兼ねた大宴会やっとるからな。 人付き合いの少ない息子にとっては良い経験にもなるが、助け舟が必要だろうて。 止めても無駄だぞ、当然私も行くぞ!」
気合いの篭った返事が返ってきて影武者は肩をガックリと落としたのだった。


 翌日、アウスバッハ親子・・・特にミカエルは宴会でビール掛けの洗礼を浴びて、二日酔いが酷いのだが。その完全主義の性格が手伝って吐き気と頭痛に、街を全力疾走で縦断した筋肉痛とも戦いながら、それを一切表に出さないよう懸命に戦いながら執務をこなしていた。
 しかし、ミカエルはあの事件以来、酒場でよく一緒に飲み交わすようになった彼の正体を9年先に父が急死するまで知る事は無かった。ミカエルが侯爵位を継いだ後、父の机の中から新聞の切抜きの膨大な量のファイルを見つけ、愕然とした。外出中、自分の行動が全部バレていた事を・・・。
 だが、死を悟ったフランツは最後の切抜きのページに記してあった一文を見つけた。 それは、息子に宛てたメッセージだった。
"――9年前、あの通り魔を追いかけさせた時、
『遠くない未来、お前が守るこの国の中心地を思いっきり走って来い!』
と言って送り出してやりたかったが、正体を知られるも問題があるから言うことができなかった。 だが、これから先どんな困難が訪れようともお前なら必ず切り抜けられる。 
がんばれよ、私の自慢の名探偵" だった。
「バレていたのか・・・」
執務室の片隅で彼の影武者は、ミカエルの呟きを最後まで聞き取れなかった


 影武者は、あの事件を未だに街中のいたる所で語られている事を知り、深い溜め息を吐くのだ。 そして、事件が起きれば首を突っ込みすぐに解決させてしまう主君の活躍ぶりを、報告書や諜報活動中各地で聞く噂が増え続けるたびに影武者は『フッ、頭脳を有効に使わぬと無駄だろうと、さらりと言ってのけた殿は、国王と探偵・・・どっちが天職なんだろう?』と首を傾げてしまう。
 ふと外出中のミカエルに思いを廻らせていると昨夜の出来事を思い出す。 
内政固めを急ぐ目的で夜半遅くまで施政の資料や書類に厳しいチェックやサインを入れている主君の元に諜報活動を終えて帰還した彼は報告をした。
『殿。 近日、ツヴァイク公爵がロアーヌ侯国へ来訪の動きがあります』と、旨を伝えた。 
『・・・・・・そうか。 ツヴァイク公爵の来訪目的は大よそ見当がつく』
 書類に目を通しながらミカエルは静かに答えただけだった。しかし、影武者は『ん? 今の間は何だ?』と気になって聞こうとしたのだが。
『どうした? 今日はもう遅いからゆっくり休むと良い。 ご苦労だったな』と、優しい口調で労われてしまい機を逃してしまった。殿の優しい口調も妙に怪しい・・・と今になって気が付いた影武者だった。部屋の外から人の気配を感じ回想をひとまず中断し、机に戻り側近から報告書を受取った。あまり読みたくなかったのだが内容を思わず読んでしまい後悔した。どうやらミカエルは外出前に、先日設立されたばかりである、モニカ姫の護衛部隊プリンセスガードに入隊したユリアンを待機室で暇そうにしていたのを見かけて彼を連れ出したようだ。

 そして、反乱時に起きた主に貴族の屋敷から盗まれた盗難物の盗みの手順と輸送ルートのトリックをすぐに解き明かし、ミュルスの港にある倉庫を割り出して、深夜行う予定だった盗品の密輸売買準備の現場を押さえて窃盗団全員を逮捕したようだ。だが、そこまではいつもの事とさほど変わらないので良い。送られてきた報告書には以下の続きが記されている。窃盗団全員を取り調べるべく牢獄に連行しようとしたのだが・・・。犯人全員が全治3ヶ月前後の重症で牢獄より先に病院送りになってしまったのだ。影武者は、これは絶対に殿とユリアンがやったに違いないと自信を持って確信をした。
 主君ミカエルが最愛の妹モニカ姫の縁談話を、おそらく予備情報として護衛のユリアンに話を進めていく内に、二人共マジギレして犯人全員を鬼神の如く容赦なく完膚なきまで叩きのめして、牢獄より先に病院送りにしたのだろうと見当が付く。
 となると、昨夜の返答前の"あの間"にミカエルがすでにキレていた事を悟った。影武者も自分に向けるのではないのだが、モニカ姫の兄を気遣う優しい笑顔を見るのは好きで癒される時もある。その彼女がお輿入れをされる相手が、寄りにもよってあのツヴァイク公爵のご子息だと判り、彼もまたモニカを妹のように愛しく思っている分、許す事が出来ない。そう思うと二人に次いで自分もキレて暴れたい誘惑を懸命に堪え、盗賊が相手なら宮殿に被害届なんぞ到底来るワケがないことに目をつけて、ユリアンと一緒に大暴れをした主君の計算高さに感服した。現在、聖剣マスカレイドを奪還するべくロアーヌを離れているカタリナさんがもし、この縁組話を知ったらきっと無理を言って殿に加わって、全治3ヶ月では済まされない大惨事になっていただろうと思い至ってしまった。しばらく身震いが止まらなかった。
そして、"殿のキレっぷりに期待するしかないのだろうか・・・"と縁談の破棄を切に願う影武者だった。


 その頃、ロアーヌへ帰路中の二人は・・・。
「ミカエル様の推理はすごいです! オレもあんな風に困った人を助けたいです。 盗賊相手の戦いもカッコ良くて感動しました!」ユリアンは目を輝かせて一気に捲くし立てた。
「フッ、そうか。 お前の剣捌きも目を見張るものがある。 ハリードがモニカの護衛部隊にお前を強く推薦した意味が良く判ったぞ」ミカエルも涼しい笑顔でユリアンに賞賛の言葉を浴びせている。
二人の間には主従関係と言うものが存在するのだが奇妙な友情が芽生えつつあるようだ。
 だが。
「でも・・・、本当にモニカ様のあの話が本当になると・・・」辛くてそれ以上の言葉が続かないユリアンである。

「・・・それ以上は言うな。 思い出すだけでも腹立たしい!」
 ミカエルは、最愛の妹の運命と忘れていた疲労がどっと押し寄せて、いつもの沈着冷静さなど感じさせずに投げやりな気分になって怒り出した。
「・・・はい。 でも。 でも、オレ、ミカエル様ならモニカ様の運命を何とか変える事が出来ると信じています。 いいえ、変えてくれます! オレ、その為なら命もいりません。 なんだってやります! モニカ様を助けてください!!」ユリアンは神にもすがる思いでミカエルに泣きつき懇願をした。
「そうか。 お前もモニカとツヴァイク公子の縁談は反対なのだな。 だが、私はロアーヌ侯爵として立場上、国のために結婚をしろとしか言うことが出来ない。 兄としては無論、あのような者との結婚など絶対に反対だっ!!!」ミカエルも一国の主とたった1人の兄の苦しい立場を見せて、ユリアンに答えたのだった。
「「・・・はぁ〜」」
 二人は大きな溜め息を吐いたが、ハモったことに全く気が付いていない。ミカエルも、いつかは訪れる運命だと観念していたのだが、その相手が寄りにもよって自称凄腕の領主と豪語する。あの奇抜なファッションセンスでヒゲの濃さが、特に記憶に残るツヴァイク公爵の子息で世間の評判は相当良くない。領土拡大の野心と国を思えばそんな相手とでも政略結婚をしろと言う事しか出来ない。だが可愛い妹を不幸にしたくないと願う兄の気持ちで板挟みとなって逃げることは許されない。『・・・逃げる?』彼の頭上でピコーンと電球が光り閃いた!
(そうか、その方法があったか!)
ミカエルは悪戯を思いついた悪ガキのような笑みを浮かべて、鎮痛な面持ちのユリアンを見るなり問い質した。
「ユリアン、先程お前はモニカのためなら何でもすると言ったな。 それは本気で言ったのか?」
「え? は、はい」急に言われたユリアンはぎこちない返事をした。
「ククク・・・そうか。 ならばお前はモニカを連れてロアーヌから逃げろ。 ロアーヌを脱出するまでの間、全面のバックアップは約束しよう」
 ロアーヌ侯爵ミカエルの爆弾発言にユリアンは、今聞いた言葉をもう一度頭の中で反芻して聴き直し、そして足を止めた。
「え・・・ええぇ―――っっ!!!」
 ユリアンは思わずミカエルの耳元に思いっきり大声で叫んでしまい、ミカエルは予期していたのかしっかりと冷めた表情で片耳を押さえていた。
「それって・・・つまり、モニカ様とオレが"駆け落ち"をしちゃっていいんですよね?」
 口にするには少々ヤバイ発言を、今度はユリアンがした。
「ムッ・・・悪い言い方をすればそうなるな、だがこの際は仕方があるまい。 私は妹に絶対に嫌だと言わせるように誘導する。 お前は釜ゆでにされてようとも、絶対に守るとでも言って覚悟を見せろ。 それならモニカもお前と一緒に宮殿を出る気になるだろう」
 ユリアンの問題発言にミカエルは言葉を詰まらせたが、すでに逃亡計画の裏工作を立て始めて、更に言葉を続けた。
「帰還の時期だが。 そうだな・・・アビスゲートの1つでも閉じれば、世間はお前達を英雄視するだろう。 目的を達成次第、頃合を見て戻って来ると良い。 それなら強者を集めているツヴァイク公に対する外交上の言い訳の一つは立つ訳だ。 過酷な試練だが自由を得るためだ、モニカを死なせたら許さんぞ。 無論、逃亡計画はモニカには黙っていろ、命令だ。 フッ、これからの外交政策は楽しくなりそうだな」
 最後のくだりは楽しげな独白となったが、ミカエルがここまで最愛の妹の"政略結婚妨害"逃亡計画の裏工作まで立ててしまったら、ユリアンも覚悟を決めるしかない。
「判りました。 全力でモニカ様をお守りします! ミカエル様との男の約束は絶対に守ります!」
 ユリアンは気持ちを入れ替え、そして気合を入れて答えた。
「ほう、男の約束か。 なかなか良い言葉だな。 では頼むぞユリアン、男の約束だ」
 普段聞く事のない新鮮な言葉を耳にしたミカエルは素直に感想を述べて、約束を交わしたのだった。

 宮殿に帰還後、ミカエルは影武者に早速逃亡計画の詳細と裏工作を説明して必要な情報収集を命じた。影武者は喜んで逃亡計画に加担したことは言うまでもなかった。だが影武者はまだ知らない、主君ミカエルと部下に過ぎないユリアンの間に奇妙な友情が芽生えて男の友情に進化してしまった事を・・・。


 数日後、ツヴァイク公爵がロアーヌへ来訪して正式にモニカ姫の縁談話が持ち出された。
だが、兼ねてから二人の逃亡計画が立てられていた事により、縁談は破棄される方向に流れて行った。アビスゲートが閉じた後、ロアーヌがビューネイに襲われる事件も起きて縁談は正式に破棄となって、逃亡計画は成功に終わったのだった。アウスバッハ家には、まだまだ語られない多くの謎があるようだ。



― F I N ―





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