アウスバッハ家の謎 1


 ロアーヌ侯国を治めるロアーヌ侯爵ミカエルと父である先代のフランツには、色々なウワサがあったようだ。
その噂の真相に近しい者は、彼ら親子の忠実な家臣の中で最も信頼のある側近ではなく、諜報活動と身代わりを任されている影の隠密部隊であることは言うまでもない。
 現在、侯爵位を継いだミカエルがロアーヌを統治して数ヶ月経つが、今日は遠征や施政で大きな動きがないと見切りをつけたミカエルは影武者に留守番を任せてお忍びで外出中だ。主君の執務室で影武者は、今日のような澄みきった青空を風に吹かれるまま流される雲を眺めていると、影武者の任に就いた当時に起きたロアーヌの街で最も長く語り継がれていた伝説的な事件を思い出し、溜め息を吐いた。

 ロアーヌ侯爵フランツの息子ミカエルは18歳になったばかりだ。
宮殿では大人びている雰囲気があるのだが、お忍びの外出時は普段の息苦しさを感じないせいか、年相応の少年らしい顔立ちに自然となっていた。新しく自分の影武者に就いたばかりの若者に身代わり任せて宮殿のあるロアーヌの城下町にお忍びで外出していた。ミカエルは、最愛の妹であるモニカをこれまで刺客から命懸けで守ってきたのだが、父フランツがつい最近、ロアーヌの名門貴族ラウラン家の息女カタリナをモニカの護衛の任に就けて以来、たまに一人で過ごせるお忍びの外出をいたく気に入ったようで、楽しくて堪らないようだ。

 ミカエルは街をのんびり歩いていた。
しかし、いつも活気のある街なのだが全くその雰囲気もなく静まり返っていた。宮殿内でも噂になっている通り魔による連続殺人事件を思い出し『民の生活を守る役人や兵士は何をやっているのだ!』と内心激しい叱責をしながら、街の様子も気になり、ミカエルは事件の情報を得るべく酒場に足を運んだ。

 ロアーヌの街でも大きなバー『シャンゼリーゼ』に入るなり、日中から酒の匂いがムワッと立ち込めてミカエルは思わず口を押さえる。それを見ていたいかにも飲んだ暮れに見える初老の男の第一声が入ってきた。
「よう、そこの兄ちゃん、どう見てもまだ子供だな。酒の匂いでもう酔ったか?」だった。
「昼間からよく酒が飲めるものだな」
 言われたミカエルも、カチンときたようで表情を出さずに皮肉を込めた冷たい返事を返す。他の客はケンカになるのか興味津々で眺めている。だが、マスターは二人の間に割って入り。
「まあまあブンさん、兄ちゃんはまだ子供なんだ、そこまでにしてくれないか。 よう兄ちゃん久しぶりだな、来てくれて嬉しいぜ」マスターはミカエルを歓迎して、更に言葉を続けた。
「ここの所、殺人事件のせいで街は静まり返り商売はこのザマだ。 フランツ様は俺達を気に掛けているようなんだが、目下大臣の手下の役人や兵士達は、俺達の生活なんざ関係ないらしく気にも掛けねぇ。 役に立たない役人より、兄ちゃんの鮮やかな推理で事件が簡単に解決するのはいつ見てもスカッとするからな。 今回は噂の殺人事件の捜査だったら喜んで協力するぜ」マスターの言葉を聞いた、飲んだ暮れは。
「兄ちゃんがあの巷で有名な名探偵か! そいつは悪かったな、おお、わしはブラウンと言うんじゃ。 子供だが 一杯くらいは平気だろ、奢りじゃ一杯飲めや」と、酒を勧めるブラウン。
 酒を勧められたミカエルは丁重に断り、酒場に向かう途中購入した地図を広げて、マスターに詳しい情報を聞き始めた。いつしか周りにギャラリーが増え始めていたが、当の本人は未遂事件も含めて起きた事件の場所を地図に入念に書き込みながら脇にメモを入れていった。
一通りの作業が終わると現地捜査に赴いた。


 昨晩起きた最も新しい殺人未遂の現場に到着したミカエル。
「現場の状態が悪い、・・・下手な捜査だ」とボヤキながらも現場に残った痕跡を調べ始める。
何か細い糸のようなものが何本か見つかり『役人が見落としたらしき遺留物か?』と思えて証拠物の一部に加える。だが、証拠物件としては不十分だ。
 更に、現場検証を進めていき『これは・・・?』目に入った痕跡が気になり、現場付近を見回して捨ててあった新聞紙を発見する。新聞紙を対角線に折りその長さを利用して傷の位置を特定してメモを止めたに過ぎなかった。
 そして、被害者に会いに行くために現場を離れた。被害者の家に向かう途中、近くに点在する他の現場にも足を運び入念に捜査を進めたが、大半の証拠物件らしき物は役人が持ち去った後だった。 


 被害者の家に着いたミカエルは、被害にあった男性に会うことができた。
「君があの探偵か! 役人より痛たた・・・」傷を負いながらもミカエルを歓迎してくれた。
「ああ。 傷に触る無理をするな、すまないが昨夜の事を詳しく教えてくれ」早速質問を始める。
「仕事仲間からに無人のはずの倉庫からおかしな音をよく聞くと話を聞いていて、気になっていたんだ」
返事が帰ってきたので、ミカエルはすかさずに質問をした。
「倉庫とは街の南の城門付近に問屋が利用しているあれでよいのか? 地図で記した周辺を教えてくれないか」
 ミカエルは確信を持って地図を取り出した。地図を見た男性はミカエルが目星をつけた倉庫を示したので聞き出してメモにある唸り声など調書に記した内容の回答を得る事ができた。そして、現場で押さえた物証を提示し意見を求めてみると。
「俺が昨夜、突然襲われて逃げる時に男と揉み合って、それを振り切った時にこの布を掴んだままだったったんだ・・・役人より、噂のあんたがいつか来ると思って黙っていた。 だから、犯人を捕まえてくれ」
 そう言われて男性から犯人が身に付けていたらしい布の一部を受取った。一連の作業を終えて家を後にして考え事をしながら歩いていた。昨夜の犯人の動機は判明したのだが、本来の動機の確証を得る事はできなかった。周囲の者達の記憶が薄れる前に、各現場付近の聞き込みを一気に終えて書き込んだ地図を見つめる。
 事故現場から連想される逃走ルートの確証は得られたので、推理の結論を出し犯人の潜伏先を特定した。動機は判明しないのだが一つの線が見えてしまい、またかと思いうんざりしたが、ハッタリをかまして誘導し自白させる作戦に切り替えて潜伏場所へ走って行った。


 犯人がいると思わしき場所は、市民街から少し離れた問屋などが使用する倉庫の一つであることを突き止めたミカエルは、犯人グループの一員と思える二人の男に詰め寄る。
「何だ、貴様は?」突然入ってきたミカエルに向けた第一声である。
「フッ、貴様らが連続殺人の通り魔犯だな。覚悟するのだな」自信満々に言い切った。
「通り魔犯? けっ、知らねーな」男達も白を通そうとする。
「そうか。 全ての現場近くで見つけたモンスターらしき体毛と周囲の者の記憶に残った唸り声、間を空けずに事件を起こしただけたって覚えている者が多かったぞ。 そして、辺りの壁や路地に残った人間が武器で付けられる位置には出来ない傷跡。 これは、3メートル以上高い場所で見つけたが逃走の際跳躍して逃げる時に出来た跡だ。 この布の切れ端だが、お前達のうちのどちらかが昨夜の被害者にアジトの話をどこかで聞いたこと知り口封じの為に殺そうとした。
 だが、それに失敗し服を捕まれて揉み合った際に生じた切れ端だろう。 モンスターだけではこの犯罪は成り立たない、バックアップをする人間が必要だ。 事件を起こした翌日は慎重にならざる得ないからな、今日の内に証拠になるような物証の隠滅を安易にすると生きていた被害者が役人に通報し周囲に怪しまれて足が付くからな証拠を消せる訳がない。 アジトにしているこの倉庫の中に服の残りの残骸が隠されている筈だ! 動機もおおよそ察しがつく連続殺人に成功したら、この国の侯子の暗殺という大口の依頼に繋がるからな。 どうだ?」
 ミカエルは最後の推論はハッタリで一気に追い詰めた。推理は全て的中し、狼狽した男は。
「・・・そうだ、ロアーヌ侯子はアサシンギルドでも失敗に終わる有名なガキだからな。 ギルドから出る懸賞額が70万オーラムまで値が上がっている大口のターゲットだ、成功したら大金と名誉が手に入る! 役人でもない貴様が嗅ぎ付けるとは一体誰だ?」二人のうち先に開き直った男が逆に問い質す。
「(私の懸賞額はたった70万オーラムか・・・安い、安すぎる)ああ、私か。 貴様らに名乗る必要はない、通りすがりの探偵だ」
自分に掛けられている懸賞額は小勢力の国家予算並なのを知っていてそれを棚に上げて金額の安さにショックを受けた。だが、すぐに気を取り直して自信に満ちた笑みを浮かべて、決めゼリフを言ったミカエルである。
「くっ、貴様が巷で噂になっている探偵か! ただのガキじゃねぇか!! 知られたからにはここから帰さねぇ。 俺達を敵にした恐怖を教えてやるぜ。 先生、お願いします」
男の一人は先生と呼んでいるモンスターを呼び出した。
 犯人の獣人系のモンスターと裏で操っていた男達と戦闘になったが、父と遠征に出るようになってから、モンスターとの戦闘に慣れていたミカエルは、すぐにエストックを抜き放ち構えた。
 その直後、モンスターの鋭い爪が飛んできた!攻撃をかろうじて横に飛んで避けて小剣の構えを崩さず、体勢をすぐに直してアクセルスナイパーを放った。 だが、モンスターにガードされ大きなダメージは与えられず、カウンターの回し蹴りが飛んできてかわしたつもりだったが、腕に鋭い痛みが走った。
 しかし、ミカエルは怯まずモンスターに向かって真っ直ぐ走り出す。一方、モンスターも大きく腕を振り上げてミカエルを迎え撃つが、切り裂いた場所には何も無く空気を切っただけだ。ミカエルは爪の軌道を見切り右に飛ぶ。着地と同時に武器を生命の杖に持ち替えて、左足を軸に脇腹を掠めるくらいギリギリの距離をすり抜けて、その回転力とスピードに遠心力を利用して背後に周り込み、右足で踏み込み通常より倍以上のハードヒットを当ててクリティカルヒットとなり大ダメージを与えた。
 動作が鈍くなったようでもモンスターの攻撃はまだ続き、鋭い爪を大きく振り上げ薙ぎ払うがそれを避けた時に、大きな隙が生じて急所に向けてスネークショットを決めて倒した。
 戦闘中に男は毒矢をミカエルの脇から弓の狙いを定めていたが、ミカエルがモンスターを倒し男の視線に気が付いた時には、矢が放たれようとしている。 ミカエル絶体絶命のピーンチ!!

 ―――だが、その時!!
倉庫の窓からロープをしっかりと握ってターザンとは違うが『アイヤーッ!!』という気合いの入った声が聞こえた。同時に乱入者が、体当たりをぶちかまして弓を構えていた男は、倉庫の隅まで吹き飛ばされてしまった。
ミカエルは、目の前で起きた光景をいかにも計算外だという目で、ただボーゼンと眺めるだけだった。窓から飛び込んで来たのは、なんとバーで知り合ったばかりのブラウンだった。
「おう、兄ちゃん。 危なかったな。 一人で突っ走って行くもんじゃあないな〜」
 一見、心配そうに言っているように見えるのだが・・・、彼の視線の先には先ほど体当たりをした男が伸びている。それをどこか遠い目で見ている限りいかにも"わしがこいつをやっつけたんだぞ! イエーイ♪"と自慢げに目を輝かせながら語っているのが、一目瞭然はっきりと判ってしまう。
「ご老体、助けて頂いて感謝しています。 ・・・ですが、窓から飛び込み、そのまま勢い良く体当たりをするような危険な行為はよして下さいっ! 外れた時、貴方が怪我をされるのだぞっっ!!」
 ミカエルも助けられた礼を静かに述べた後、間を置いて再び口を開いた時にはいつもの沈着冷静さは何処へやら語気がだんだん荒くなっていき、とうとう青筋を立てて怒鳴り声になりながら注意をしたのだった。
「はっはっはっ、そんな恐い顔をしなさんな。 いい男が台無しになっとるぞ・・・いや、いい男と言うにはまだまだ子供じゃな。 それに命あってのモノだろうて。 腕を見せんか、こりゃいかん。 深い傷ではないか血もかなり流れておるぞ」ブラウン爽やかに笑って誤魔かして腕の手当を始める。
「それに、街の皆を救ってくれとる兄ちゃんの危機にわしらが何もせずにじっとしていられるかい」と、言うなり倉庫の周りには彼の酒飲み仲間の男達が集まっていて、にやけている者やピースしている者などしていた。もう一人の男は、あっという間の逆転劇を茫然と見ていたのだが二人の会話の隙に走り出した。
 ブラウンはとっさに「ほれ、お前さんも追いかけんかい! 街のみんなが応援しとるからな」
と傷の手当てを終えるなりそう言ってミカエルを急き立てて、逃亡者の後を追わせる為に走らせた。走り始めたミカエルに歓声を上げる野次馬達を他所に、ミカエルを見送った彼は何事が呟き気絶した犯人らを捕縛し、飲み仲間に侯爵直属の役人を呼ばせてその場を立ち去って行った。

 ロアーヌ南部にある市民街の郊外に近い倉庫から逃げる犯人、捕まったら牢獄行きは確実だ。 いや、それ以上に候子の暗殺を目論んでいた事がバレて捕まれば、依頼主である政敵の男爵とギルドから逆に命を狙われる危険が非常に高い。とにかく全力疾走で走り、街を歩く人々に衝突したり物を落として、妨害工作に勤しみながら何が何でも全力で走り去って行く。
 一方、逃亡犯を追いかけるミカエルも、ここで取り逃がしたら忍びの外出中は頭脳をフルに生かせる探偵の名声がいい笑い者にされる上に、次期ロアーヌ侯として末代の恥。完璧なる我が人生の唯一の汚点になると瞬時に結論を出して腹を括り、犯人が作った障害を飛び越えて全力疾走で追いかける。
 全力疾走の追いかけっこは、いつしか街の北部にある領主の住む宮殿の大通りまで達し、すでに数十キロもの距離を駆け抜けてロアーヌ縦断ロードレースと化していた。走る二人はすでに体力の限界を超えて、障害物を作る余裕も無く、飛び越える余裕もないのだが最後に残ったのは、意地と根性と執念だけで走っていた。




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